桜の並木の満開の下

今は離れてしまったけど、私がかつて住んでいた家の前に
二つの小さな公園があります。


その二つの公園は小さな小道で結ばれていて、
その脇には桜の木がビッシリと植えられているので、
ちょっとした並木道となっています。

春になって、桜の花が一斉に咲き乱れる風景は圧巻です。


私は学校の帰り道、よく遠回りしてこの桜並木をブラブラ歩いたものでした。
どこかにわざわさ花見に行かなくても、
私はこの散歩だけで、十分満足でした。


そう言えば、「今週のお題」は「桜」でしたね。
(もうお題は変わっちゃいましたが・・・)


季節は「春」と言う事ですし、今週のお題「桜」にちなんで、
今回はちょっと趣向を変えまして、
「恋の小話」(と言っても結構長い・・・)
でも一つ書いてみようかと思います。
(前もって言っときますが、面白くも何ともありません
 ボケ一切無しの、ただの自己満足の昔話です。)






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4月のある日、
留学から帰ってきた私は、本当に久しぶりに会った彼と
この桜並木のベンチに二人、微妙な距離を置いて座っていました。
何から話して良いのか分からず、随分長い間、二人とも黙っていました。


「元気だった?」
彼が最初に切り出しました。



「うん、まあ。そっちは?」と私。


「うん、こっちもそれなりに。」


そして、また沈黙・・・。
で、彼が意を決したように聞いてきました。


「何で最後の方、連絡してこなかったんだよ。
 帰ってきたのも、何で知らせてくれなかったんだよ。」



私は言わなくちゃいけないことは、もう決まっていたけど、
彼を目の前にすると、何だか緊張して、上手く言葉が出てきませんでした。


「俺がマメじゃなかったからか?
 でも、俺なりに精一杯努力してたの、分かってただろ?」


そう、
今と違って私が留学していた頃は、スカイプやMSN等は無く、
海外にいる人と気軽にコンタクトをとれる状況ではありませんでした。
辛うじて、メールが出来るようになりつつあったけど、
学生の分際で「一人一台パソコン」と言うような贅沢は許されず、
連絡手段は国際電話か、手紙のみでした。
国際電話はやはり貧乏学生にとっては「高根の花」で、
話したとしても、1か月に一度、10分やそこらのものでした。


その中で、無精な彼にしては、頑張って月に一度は手紙をくれました。
その行動からも、手紙の文面からも、
彼なりに私のことを思ってくれている事は十分承知していました。


そして、私はそれ以上に彼の事が好きでした。
彼の顔を見ると、まだ好きで好きでたまらない事に気づきました。
だけど、いやだからこそ、
それと同じくらい強い気持ちで、彼と離れたかったんです。


理由は、
きっと私が、彼を好きになり過ぎたのだと思います。
日に日に、私の中の「彼」が大きくなり、
彼の事しか考えられない自分になっていました。
そして、ある日、そんな自分にふと恐怖を感じたのです。


「私、このままじゃ、ダメになってしまう・・・。」


このままでは、そのうち「私」というものが
無くなってしまうのではないか、
「以前の私」は一体どこに行ってしまったのだ、と。


今考えると、「何と言うくだらない理由で」と思うのですが、
「若い」ということは、それだけ何事に対しても「一途」なのです。



もしかしたら、留学を決めたのも、
彼と離れるための「手段」の一つだったのかもしれません。
そうすることが、当時の私にとっては、
「自分の人生を歩いている」ようで、かっこよく感じられたのです。


やっと彼のいない事に慣れつつあったのに、
また彼の事だけに夢中になってしまう自分が、ただただ怖かったんです。



まあ、いずれにしても、私の「エゴ」であることには
変わりありません。




私は彼の目を見れないまま、


「・・・ごめん。でも、私、もう・・・」


やっとの思いで、それだけ言いました。


彼も、もう私達が駄目だという事は分かってはいたのです。
でも、声を荒らげて、あからさまに怒った態度を見せました。


「何だよ、それ!!
 じゃ、待ってた時間、一体何だったんだよっ!!」



「ごめん、ほんまに、ごめん・・・。」



「もう、知らねぇよっ。勝手にしろ!!」



彼はバッと立ちあがると、足早に並木道を歩いて行きました。
プライドの高い彼は(そこが非常に好きだったのですが)、
当たり前だけど、一度も立ち止まりもせず、
一度も振り向きもせず、行ってしまいました。
私はそんな彼の後ろ姿を見ていましたが、足の速い彼は
あっと言う間に、桜並木の向こう側に消えていって、
すぐに見えなくなってしまいました。


私はそれから、立ち上がることができず、
何時間も何時間も、そのベンチに座り続けていました。
気がつくと、日もすっかり暮れていました。
満開の桜が月の光の下、綺麗に浮かび上がっていました。


「これで、良かったんよな・・・」
一人呟いていました。





彼とはそれっきりです。





それから何年も月日がたちましたが、
かつての家の近くの桜並木の桜は、何事もなかったかのように、
毎年、綺麗な花が咲いて、みんなの目を楽しませています。




私はと言うと、
この時期、満開の桜の下の通ると、
嫌でも当時の記憶が甦ってきます。


色んな意味で、今じゃ考えられない事ばかりの
「当時の私の行動」です。



「ほんと、アホなことしたよなぁ」と。



彼がそれ以来、どこでどうしているのか、
共通の友人がいる訳ではなかったので、知る由もありません。
でも、どこかで幸せになっててくれたらいいなぁ、と
桜の下で少しセンチな想いに耽る、ある春の日の出来事でした。